*韓国映画「私たちの幸せな時間」~* - 2008.08.31 Sun
カン・ドンウォンと イ・ナヨン主演の
「私たちの幸せな時間」
今までアイドル的存在のカン・ドンウォンが
髪を短くして死刑囚という難役に挑んだこの映画~
幼い時の辛い生活~
貧しくて親に捨てられ愛を知らずに
子どもながらやっと生きてきたという過去
その上に起きた殺人事件~
死刑囚となったユンス(カン・ドンウォン)は
愛されることを知らない愛することも知らない
生きることに絶望を感じていて
早く死刑を執行されればいいと~~。
元・歌手ユジョン(イ・ナヨン)は
裕福でお金には困らない自由な生活ができるけれど
ユジョン(イ・ナヨン)も親の愛情を受けることがなく
3回もの自殺未遂を繰り返していた。
そんな死と向かい合っている孤独なふたりが出会い~
生まれて初めて
人と向き合い自分のことを理解して
自分の話に耳を傾けてくれる人 自分をさらけ出せる人
相手を想う気持ち~かけがえのない相手に出会ったことで
愛する人のために生きたい~
生まれてから初めて生きたいと思うようになる。
ふたりには許された時間は限られている~
死刑という罪~
観ていて胸がいっぱいになります~
死刑という罪~
死刑は必要なんだろうか~?
死刑囚の心の変化は~?
罪を反省してもう2度と過ちをしないという確信はできるのだろうか~?
犯人が死刑にならなかったら被害者の家族は~?
人が裁くって~?
死刑囚の生い立ちとは~?
生い立ちが似通っていたら~その生活を
見直すことで犯罪現象につながるのか~?
いろんな疑問が湧いてくる~考えさせられる映画でした~
死刑囚のユンス(カン・ドンウォン)の方言が
映画を引き立ててました~

コン・ジヨン 著 「私たちのしあわせな時間」の原作本
この本の訳を 蓮池薫 さんがしています。
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*教育を与える義務~* - 2008.08.31 Sun
新聞で見つけた記事~
「学校に行きたくない」と言った子どもに
「だめよ~行かなきゃ」
と~返事をする親がほとんどで
「じゃ~どこに行きたい?」
と言ったらいけないのか~と~
義務教育とは
親がこどもに労働をさせたりせずに
教育を与える義務であり
子どもが学校に行く義務ではない~
子どもにあるのは教育を受ける権利だけであると~
なので~
なのでいじめなど何らかの原因で
学校に行きたくないという子どもには
子どもの気持ちを一番に考えて
学校を休ませるべきである~と~
昨今~こういう記事をよく目にする~
行きたくない学校を無理に行かなくてもいいんだよ~と~。
確かに
いじめにあったりしていたら
学校に行くのは何のために行くんだろう~と
考えてしまう~
こういう記事を読むと
休んでしまえばいいんだよ~行かなくてもいいんだよ~
という部分だけが心に残って
納得してしまう~
本来の教育を与える義務は
どこかに置き去りにされてしまっているのじゃないのかな~
休ませる~行かなくていい~の後ろに隠された
親としての子どもに対する責任~
休ませている間の親としてのあり方を
忘れちゃいけないような気がする~
それを忘れるとその子どもの成長に
どんどん大きな壁が出来てしまうような気がする~
数年前~
知人でいじめにあっているM君の親が
とても悩んでいると話された時~
M君の後ろにはいつもいつもお母さんがいるんだよって
言ってあげて~と。
怒りたい時もイライラしている時も
一呼吸おいてね~と。
今親が出来ることを考えようと
いろいろ話し合い~
彼女は子どもに
休んでいいんだよ~と言いながら
学校側との連絡を密にし
いじめているという子どもと話し合い
(この子どもさんは親の前ではとてもいい子で
嘘は当たり前のようにつき
親はうちの子に限ってと思っていました)
自分の子どもの言い分にも耳を傾けながら
その子どもの気持ちをほぐそうと
いつもエールを送る会話をし続けて~
(たまにイライラがあふれそうになると
SOSが入ってお茶したりしながら気分転換したり~)
現在~どうにか学校へ通い
行きたくないという言葉は出なくなって
初めてお友だちもできて高校生活を送っている~
かたや~
知人の子どものS子ちゃん~
いじめにあっているから学校に行きたくないと~
こういうときの処置法は
「休んでもいいんだよ~」~と即実践~
休んでいるから~
いつ起きようが食べようが~時間とは無縁な生活~
他人が心配してなにか言おうものなら
「何も言わないでよ~この子は病気なんだから~」と
この子を治らせるのは休めば治ると思っているようで
治らせるためにとか~
集団で生活する意味とか~
何も教育しないで休ませるだけで~
数年が経って~高校卒業~
未だに時間とは無縁な生活が続いてしまっている~
教育を与える義務~
教育を与えるのは学校だけではないと~休ませるのなら~
大切なのはその子の気持ちだけど~
親として休ませている間に何をしなければいけないのかは
もっともっと大切な気がしてしょうがない~
未来ある子どものために~~
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